
宇宙でいびきがなくなるって本当?
「宇宙ではいびきをかかないらしいよ」という話を耳にしたことはありませんか?SFの世界の話のようにも聞こえますが、実際に宇宙に行った宇宙飛行士たちの中には、「宇宙に来てからいびきをかかなくなった」と報告する人もいます。
地球上で私たちが悩まされる“いびき”は、多くの人にとって睡眠の質に関わる深刻な問題です。ところが、重力のない宇宙空間では、そのいびきが自然と出なくなることがあるというのです。
今回の記事では、「宇宙ではいびきをかかないのか?」という疑問について、医学的・科学的な視点から詳しく解説します。そして、最終的には「かかなくなる人もいれば、かく人もいる」という結論に至る理由を明らかにしていきます。
地球上でいびきが起こるメカニズム
そもそも、なぜいびきは発生するのでしょうか。
いびきは、睡眠中に気道(空気の通り道)が何らかの原因で狭くなり、そこを空気が通過する際に粘膜が振動することで音が出る現象です。一般的に次のような要因が重なると、いびきが出やすくなります。
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仰向けで寝ることで舌がのどに落ち込み、気道が狭くなる
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肥満によって首回りに脂肪がつき、気道を圧迫する
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鼻づまりやアレルギー性鼻炎などで呼吸がしにくい状態になる
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アルコールや睡眠薬で筋肉がゆるみ、舌やのどの筋肉が落ち込む
このように、重力によって舌や軟口蓋(のどの奥の柔らかい部分)が下に落ちることが、いびきの大きな原因のひとつと考えられています。
宇宙ではなぜいびきが減るといわれるのか
宇宙空間では重力がほとんど働きません。つまり、地球上では“下”に落ちていた舌や軟口蓋が重力の影響を受けなくなるのです。この変化が、いびきの発生にどう影響するのでしょうか?
無重力が呼吸に与える影響
無重力環境では、身体全体にかかる力が地球とはまったく異なります。血液や体液の分布も変わり、呼吸器系にもその影響が及びます。舌やのどの筋肉も重力に引っ張られないため、気道が閉塞しにくくなるという説があります。
また、NASAの研究でも、宇宙空間では気道が開きやすくなる傾向があるという観察結果が報告されています。つまり、「いびきの直接的な原因」である気道の狭まりが軽減されることで、いびきが起きにくくなる可能性があるのです。
NASAの調査結果と日本人宇宙飛行士の報告
NASAが実施した無重力環境での睡眠に関する研究では、「いびきをかかなくなった」と報告した宇宙飛行士が複数名いたことが確認されています。特に、地上でいびきに悩んでいた人物が、宇宙に行くとまったくいびきをかかなくなったという事例は、無重力がいびきに与える影響の一端を示しています。
また、2024年3月に行われた日本の民間宇宙事業に関する実証実験では、日本人の被験者に対して「宇宙空間でいびきをかいたかどうか」を調査する取り組みが行われました。その結果、一部の被験者は宇宙滞在中にいびきが減った、またはなくなったと報告しています。
参考:京都新聞プレスリリース(2024年3月)
https://www.kyoto-np.co.jp/ud/prtimesstory/684f6ffaaf6d340dbb000000
宇宙でもいびきをかく人がいる理由
「宇宙に行けば、いびきが完全になくなる」と思ってしまいそうですが、実際にはそう単純ではありません。実際には、宇宙空間においても「いびきをかく人」は存在します。なぜそのような違いが生まれるのでしょうか。
気道の形や筋肉の個人差
まず考えられるのは、気道の構造そのものに個人差があるということです。たとえば、元々気道が細い人や、のど周辺の筋肉が弱い人の場合、無重力環境であっても空気の通りが悪くなることがあります。つまり、重力がないからといって、全員の気道が理想的に開いた状態になるとは限らないのです。
また、睡眠中の筋肉のゆるみ具合も関係します。加齢や体力の低下によって喉の筋肉が緩むと、重力に関係なく気道が一時的にふさがれることがあります。そのため、宇宙に行ってもいびきをかいてしまう人がいるのは自然なことです。
無重力による体液分布と鼻詰まり
無重力状態では体液が上半身、特に顔のほうに集まりやすくなります。その影響で、宇宙飛行士の多くが鼻づまりを感じることが報告されています。鼻呼吸が難しくなると、口呼吸に頼るようになりますが、これはいびきを引き起こす要因の一つです。
また、鼻の粘膜がむくみやすくなり、気道全体が狭くなることも影響します。地球では問題のなかった人が、宇宙環境の影響で一時的にいびきをかくようになるケースもあるのです。
睡眠姿勢と環境の影響
宇宙では、地球上のようにベッドに横たわることはありません。宇宙飛行士たちは「浮いた状態」で、専用の寝袋に体を固定して眠ります。この姿勢は地上の仰向け寝に近いものですが、微妙な角度や体の向きの違いが、呼吸しやすさに影響する可能性があります。
また、宇宙船内の湿度や気温、騒音、振動といった環境要因も睡眠に影響を与えます。ストレスや緊張によって浅い睡眠が続いたり、寝付きが悪くなったりすることも、いびきを引き起こす間接的な要因になり得ます。
宇宙といびきの関係:まとめチェックリスト
ここで、宇宙環境がいびきに与える影響を簡単に整理してみましょう。以下のような要素が「宇宙でいびきをかくかどうか」に関係しています。
要因 | いびきへの影響 |
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無重力による舌の沈下防止 | 気道の確保につながり、いびきが減少しやすい |
体液の顔面部集中 | 鼻づまりや気道のむくみにより、いびきが増加する可能性あり |
睡眠中の姿勢 | 呼吸しやすい姿勢ならいびき軽減に貢献する可能性あり |
気道の個人差 | 元々の構造や筋肉の強さで変わる。重力に関係なく狭くなる人もいる |
精神的ストレスや環境音 | 睡眠の質低下 → 浅い眠り → いびきにつながることもある |
このように、無重力という特殊な環境は、いびきに対して良い影響もあれば、悪い影響も与えることが分かります。重要なのは、「環境が変わったからいびきがなくなる」という単純な話ではなく、さまざまな身体的・心理的な要素が絡み合っているという点です。
結論:かからない人もいれば、かく人もいるという現実
結論として、「宇宙ではいびきをかかなくなる人もいれば、かく人もいる」という表現がもっとも正確です。
NASAの実験や日本人被験者による報告などから、重力がないことで気道が狭まりにくくなり、いびきが軽減される傾向があることは確認されています。しかし一方で、個人差や体液の分布変化、鼻づまり、ストレスなどの影響により、宇宙空間でもいびきをかく人がいるのです。
つまり、「宇宙=いびきゼロ」という幻想は現実とは異なります。重力の有無だけでは説明できない身体の複雑なメカニズムが、私たちの呼吸や睡眠に影響を与えているのです。
そしてこの事実は、地上でいびきに悩んでいる人にとっても大きなヒントになります。いびきは、重力や体勢だけではなく、鼻の通り、筋肉の状態、ストレスや睡眠環境など多くの要素に影響を受けるということを再認識し、自分に合った対策を見つけることが大切です。
参考・引用URL
・京都新聞(PR TIMES配信)「宇宙ではいびきをかかない?“無呼吸の謎”を検証する実験を実施」
https://www.kyoto-np.co.jp/ud/prtimesstory/684f6ffaaf6d340dbb000000
・NASA – Human Research Program “Sleep and Circadian Rhythms”
https://www.nasa.gov/hrp/elements/behavioral-health-and-performance/sleep-and-circadian-rhythms/(※英語)